鄙乃里

地域から見た日本古代史

さつきとつつじ

 さつきつつじ

 「さつきとつつじはどこが違うのだろうか?」
 それらにさしたる興味がなかった頃、さつきやつつじを見かけてもその違いが分からず、何となく気にはなっていたのですが、特に調べてみようとも思いませんでした。

 しかし後年たまたまつつじに興味を持つようになってからは、つつじの歴史にはとても意味深い文化的な背景があることを感じるようになりました。


 さつきもつつじの一種 でも、違いはある
 結論から言うと、学問的にはさつきもつつじも同じもの…というより、さつきの正しい名称はサツキツツジといってツツジヤマツツジ属に分類されるつつじの一種なのです。

 したがって、本来は「さつき」と「つつじ」という比較自体が誤りのはずなのですが、しかし、サツキツツジと他のツツジとの相違点というものがあり、「さつき」と「つつじ」という呼び方がある以上、先のような素朴な疑問もあながち故なしとはしなかったのでしょう。

 つつじは古来愛された花のひとつ

 万葉集にも詠まれているように、つつじが古来、日本人に愛された花の一つであったことは確かなようです。
 ただ、つつじの培養が隆盛をみた江戸時代までは白つつじ、丹つつじ、一重八重といった程度の区別はあったとしても、「さつき」と「つつじ」といった明確な区別はされていなかったようです。

 しかし江戸時代に入るとつつじの培養も盛んになり、寛文から元禄の頃には流行もひとつのピークを迎えたようで、元禄5年(1692年)に刊行されたつつじの図説錦繍枕」(のちの「長生花林抄」)にはつつじの部とさつきの部がはっきり区別されて図示されており、このころからさつきとつつじを区別する習慣ができたものといわれています。

 つまり、つつじが自然界の対象としてよりも、園芸的な興味の対象として身近に普及し始めたとき、両者の区別が生じてきたといえるのでしょうか。

 当時あげられている両者の最も顕著な違いとしては、花の咲く時期の違いということがいわれています。春咲く類を「つつじ」とし、初夏に咲くものを「さつき」というとあり、つつじを躑躅(てきちょく)、さつきを吐鵑花(とけんか)…吐鵑(ほととぎす)が鳴く頃咲く花…とも称したようです。

 つつじの中のさつきの位置

 つつじ類は世界で約600種が知られ、日本だけでも40数種が分布しているといわれています。西洋ではアザレアになりますが、学名はシャクナゲと同じで、すべてロードデンドロンです。
 このように多くのつつじの中でさつきが独立的な地位を与えられてきたのには、いくつかの理由があるようです。

 まず、前述のように開花期の違い…つつじ類の多くが咲き揃う4月下旬(もっとも、これも気象条件や環境によりかなりバラツキがあるのですが)を中心とした時期から約1ヶ月ずれた旧暦の皐月の頃に開花する点、他のつつじに比較して格段に多くの品種を作出し園芸的に発展してきた点、そのために一般にはさつきの略称で親しまれるようになった点など…。とくに開花時期の違いについては田植えの時季に咲くため、昔は「田植えつつじ」などと呼ばれていたこともあり、「さつき」と「つつじ」といった比較もこの辺から出ているのではないかと思われます。

 もちろん、さつきを他のつつじと比較した場合、それぞれ木の性質としての違いがあることはいうまでもないのですが。


 
つつじの種類

 つつじにはゲンカイツツジモチツツジ、ミヤマキリシマ、エゾツツジ、キシツツジ、ウンゼンツツジヤマツツジ、イワツツジアケボノツツジ、コメツツジなどたくさんの種類が存在します。またドウダンツツジ(ドウダンツツジ属ですが)、ミツバツツジレンゲツツジなど落葉性のつつじと呼ばれる種類も多いです。

 

 身近でよく知られた代表的なつつじを簡単に紹介してみます。

 レンゲツツジとアザレア

 レンゲツツジは春になって細い葉が伸びたあとに、一つの枝にたくさんの花がまとまって咲きます。橙系や、黄色のレンゲツツジがあり、黄色のつつじは珍しく、この黄色を交配して黄色のさつきが出来ないかと考えた人もいたようですが、残念ながら出来なかったらしいです。

 アザレアは日本などのつつじが西洋に渡って園芸的に改良され、逆輸入されたもので、花が大きく色も多種、あざやかで、樹勢がよいので栽培しやすい品種です。一時は大変人気がありましたが、最近はあまり家庭で見かけなくなりました。花を楽しむのが主目的で、盆栽には向いていません。

黄色がレンゲツツジ                  アザレア

 ヤマキリシマと交配ツツジ

 ミヤマキリシマは由布・九重・雲仙・霧島など九州の高山に自生する低木性のつつじで、花も葉も小型で可憐です。山を埋めるように一面に咲くのが見事です。今では園芸品種もたくさん作出されていますが、平地での栽培はなかなか難しく枯らしてしまうことが多いようです。それでも、花が小型で魅力的なつつじなので、クルメツツジやサツキツツジなどとの交配種も作られていて、こちらは比較的栽培が容易になっています。

 写真はミヤマキリシマとサツキツツジの交配種です。


 アケボノツツジ

 九州地方から紀伊半島にかけての山に自生します。開花期は5月前半頃。四国では赤石山・石鎚山などで多く見られます。とくに霧の中にピンクの花が浮かんで見える姿は幻想的で、登山者に人気があります。


 ヤマツツジ

 ヤマツツジは桜が散ったあとの低山に丈高く咲いている橙色のツツジで、よく見かけます。


 ヒラドツツジ

 長崎県の平戸が大陸との交易の基地であったため、日本各地のつつじが武家屋敷などに集まり自然交配されてできたもので、オオムラサキ、アケボノなど200種以上があるともいわれています。花も葉も大型で枝もよく伸びるので、主に寺社などの庭園や、斜面、公園、街路の分離帯など広い場所での植え込みに常用されています。


 
クルメツツジ

 天保年間(1830~1844)に久留米藩士の坂本元蔵によって自然交配の実生による品種改良が始められたものです。確かなものだけでも約300品種が現存しているといわれています。戦前まではキリシマツツジと呼ばれ、戦後久留米で多くの品種が作出されたことからクルメツツジの呼称ができたわけですが、現在でもキリシマと呼んでいる人もいます。

  
 クルメツツジの植え込み


 鉢植えのクルメツツジ

 クルメツツジの特徴はなんといっても色彩の豊かさと明るさです。花の多くは小輪で多花性、新芽に先立って樹冠いっぱいに咲くので鮮やかな印象を受けます。葉は照葉のものが多く、刈り込みにも耐え芽吹きもよいので花壇・庭の植え込み・鉢植えなど多方面に用いられています。

 サツキツツジ

 原種は関東から九州にかけての谷川沿いの岩の上など、やや冷涼な場所に野生し、古くは岩つつじ、田植えつつじなどと呼ばれていたようで、現在愛好家により栽培されているのはこの原種から作出された園芸品種で、交雑した相手によりマルバサツキ系、ヤマツツジ系、キリシマ系、アザレア系など…、これまで2000種にも及ぶといわれていますが、辞典にも紹介され身近で明確なものは600品種前後だと聞いています。ただ毎年新品種が登録され続けているので、現在ではもっと増えているでしょう。

 


 サツキツツジの盆栽

 さつきの花は大、中、小輪と様々で、クルメツツジほどの多花性ではありませんが、蕾の付け方次第で樹冠いっぱいに咲きます。クルメツツジに比べると色彩や明度が少し劣りますが、新芽が開いてから花が咲くので落ち着いた印象を受けます。
 しかし、サツキツツジの特色はなんといっても花の変化にあり、咲き分け品種も多く、多彩な芸を見せてくれます。また突然変異しやすく、それだけ新品種の生まれる可能性も高いわけです。

 葉の形状も丸葉から捲葉まで多様で、花形も変化に富んでいます。葉に粗毛があり、おしべは5本のものが多い。また木質の硬いクルメツツジに比較して若木の間は柔らかく曲付けしやすいなどの利点があります。
  品種にもよりますが一般に苅り込みにもよく耐え、「大盃」のように庭園の植え込みや根締め、庭の縁取りや生垣に適した品種から、鉢植向きの品種まで広い用途があり、根張りがよく、太りやすく、枝も密に出るため盆栽に向いています。

 大きな違いは暮らしの中での受け止め方

 こうして考えてみると、結局「さつき」と他の「つつじ」との大きな違いとは「かえで」「もみじ」と同様に植物学的な違いということよりも、むしろ、私たちの文化的・生活感的な受け止め方による違いだということがよく判ります。その理由となっているのが、先の開花期の違いをはじめ、前述のような栽培上の特徴だということでしょう。

 終わりに、つつじの歴史を詳しくたどれば、おそらくひとつの意義ある文化史ができるのではないかと思われます。西洋その他のつつじはひとまず除外しても、中国、朝鮮半島、日本という広範囲を含み、また万葉の昔から、空間的にも時間的にも深みのあるロマンと発見の旅がそこには存在するように感じられるからです。


 ツツジの魅力は何よりも、その明るい生命感にあるといえるのではないでしょうか。





かえでともみじ

   かえでもみじ

 秋の黄紅葉の代表格として美しいカエデモミジですが、「どこが違うか?」と問われたら、ちょっと返答にとまどうのではないでしょうか。 


 手もとの本などで調べてみると、カエデもモミジも本来はカエデ科カエデ属の樹木(属名はラテン名Acer=アーケル)で、日本でも古来どちらも「かへるで」と呼ばれていたそうです。葉が蛙の手のかたちをしているところからそう呼ばれたらしくて、それが「かえで」に変化したということのようです。


 一方、紅葉(もみじ)は一般に紅葉のことを「もみぢ」「もみぢする」と言ったのですが、その中でもとくに
色づきの鮮やかなイロハカエデや、山モミジ、大モミジなどを紅葉樹の代表として、のちに「モミジ」という樹木名で呼ぶようになったのではないか…ということです。その上で、その他の比較的、黄紅葉のカエデ類をそのまま「カエデ」と呼び分けたのかもしれません。

 

 ほかにも、一般に葉の裂け方が比較的浅いものをカエデといい、5~7裂あるいは9裂くらいに深く裂けるものをモミジというなどの違いはあって、とくに江戸時代に庭園園芸用として身近で栽培されるようになり、その分類も次第にはっきりしてきたようです。

山モミジ

 たしかに中には黄葉のままで終わるモミジ品種もあれば、紅葉するカエデもあるので、葉の色づきだけで即断するのは難しく、また自生地、日照、気温、個体差によっても紅葉の程度はかなり違ってきます。葉の色づき具合だけでは判別しにくいものも多いでしょう。


 それに対して比較的分かりやすいのが葉の形状ではないかと思います。自分の手を広げて、指が細く奥まで長いのがモミジ、指が太く手の甲の面積のほうが広いのがカエデ。枝がなめらかなのがモミジ、少しごつごつしているのがカエデなど…トータルで組み合わせて考えてみると、だいぶ分かりやすくなってくるかと思います。

 

 盆栽でいうカエデは主に唐カエデを指しています。唐カエデは古書によると享保9年(1724)に清国から日本に入ってきたとされていて、葉は浅く3裂し、強健で男性的な樹です。秋の葉色も透き通った紅葉ではなく黄紅葉ですから、繊細な感じがする日本のモミジと比べてかなりはっきりした違いが認識されてきたことも、両者の分類を促進する上でのポイントになったかも知れません。
  唐かえで
 因みに唐カエデは関西では通天(つうてん)、通天かえでとも呼ばれていて、これは京都東山の東福寺通天橋の付近にこのカエデがあったことから、そう呼ばれるようになったそうです。東福寺は京都の紅葉の名所で、現在も多くの唐カエデの色づきが訪問者の目を楽しませています。
 通天橋の「通天」ですが、してみると、これらの唐カエデの樹は往時から多くの人が知っているような、かなり特徴的な樹であったことがうかがわれます。

 そして、その中の1本に唐カエデの祖木といわれる樹があって樹齢700年以上、つまり1200年代中頃東福寺開山の祖が宗から持ち帰り播種されたと伝えられているそうなので、先ほどの公称年代とはかなり差がありますが、これが唐カエデの祖木であってみれば、関西では唐カエデが古来「通天かえで」の名称で親しまれているのも自然なことかも知れません。


 カエデ属は北半球の温帯に100種以上が広く分布しており、日本にも20種以上があるらしく、園芸品種もたくさんあります。


 ほかにカエデの仲間としてはハナノキ、チドリノキ、ヒトツバカエデ、ウリカエデ、イタヤカエデ、メグスリノキなどの類があるようです。

 イタヤカエデにも糖分があるということですが、北米東部原産のサトウカエデは糖分が多く、その樹液からメープルシロップカエデ糖を作ることが出来ます。ワイルダーの『大きな森の小さな家』などを読むとサトウカエデの話が出てくるのですが、今でも採取作業は行われているそうです。樹皮の切り口から樹液をバケツに採取し、鍋で煮詰めて作ります。カナダの国旗にもなっていますね。


 それにしても「楓(
かえで)」という字には木偏に風という字が当てられています。たしかに、しなやかでさらさらとした葉群を風がすりぬけていく、眺めていると、そんなさわやかな清涼感が感じられて、よく考えられた字だと思われませんか。

 この字は本来は「楓(ふう)と読むのが本当で「槭(かえでとは違っていたという説や、古くから「ふう」「かえで」と混用していたとの説などあるようです。

 しかし、現在日本では「楓(かえで)」の読みのほうがずっとポピュラーになっていて、別に「楓(ふう)」の木もあります。モミジは「槭」の字でもいいと思うのですが、カエデはやはり「楓」の字のほうが情趣が感じられので自分的には好きですね。




 サンゴモミジ





アメリカフウ