鄙乃里

地域から見た日本古代史

神功皇后と熊鰐

 神功皇后と熊鰐

 仲哀天皇8年1月4日、天皇が筑紫に向かったとき、岡県主(おかのあがたぬし)の先祖の熊鰐が周防の佐波の浦に出迎えたことが『日本書紀』に書かれています。

 この佐波の浦は現在の防府市(ほうふし)付近で、豊浦宮からはかなり東に離れています。このような場所で天皇を迎えたということは、仲哀天皇一行は穴戸(あなと)の豊浦宮から出発したのではないということになるでしょう。おそらく、佐波県主(さばのあがたぬし)の先祖のところへでも行っていたのか、南国巡幸からそのまま筑紫へ向かったのではないでしょうか?


 熊鰐はそこから海路を案内して関門海峡を通り、山鹿岬(やまがのみさき)から岡の浦に入ったようです。穴戸は地名としては山口県長門地方(長州)のことでしょうが、その由来は関門海峡にあると思われます。その後に戸畑から響灘(ひびきなだ)に出て、若松沖を通過し芦屋町の狩尾岬あたりを迂回して遠賀川(おんががわ)河口から芦屋の岡津に着いたものと思われます。そのとき河口付近で天皇の船が動かなくなったため、その土地の神を祀ったところ動き出したとのことで、芦屋に大倉主(おおくらぬし)と菟夫羅姫(つぶらひめ)を祀る岡湊(おかのみなと)神社があります。

 

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 一方、神功皇后は別の船で戸畑から洞海湾(どうかいわん)へ入ったのですが、途中で潮が引いたので動けなくなったらしいです。熊鰐は引き返して洞(くき)の海から皇后を迎えようとしましたが、船が動けなくなっていたのを見て恐れかしこまり、魚池・鳥池を作って皇后を慰めたところ、やっと怒りが解けたとのことです。

 その場所からし洞海湾もかなり奥の江川でしょうか。洞海湾は洞の海(くきのうみ)といいますが、洞の海は江川のことだという説もあるようで、その洞の海の入り口が洞海湾に当たるのかもしれません。それから潮が満ちて岡津に泊まっていますから、そのまま洞海湾を川伝いに岡津まで行ったのでしょう。その時代は、洞海湾は洞の海の名のごとく細い水路になっていて、そのまま遠賀川のほうへ出られたようです。そこの岡湊で皇后は天皇と落ち合ったのでしょう。

 現在、北九州市八幡東区大蔵に高見神社(たかみじんじゃ)があります。その高見神社の始まりは、神功皇后新羅遠征のときに戦勝祈願のため皇祖の神々を祀ったという尾倉の高見山(東田)や、洞海湾にあった小山の地が起源だと伝えられているそうです。

 東田(ひがしだ)地区の産土神として代々祀られていたところ、そこが明治29年(1896)に官営八幡製鐵所の建設用地に決まったため、尾倉の豊山八幡神社(春の町)境内に遷された後、昭和になって旧日本製鐵八幡製鐵所の守護神として大蔵の現在地に移設・再建されとのことです。

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 以来、製鐵関係者の安全祈願祭などが執行されてきました。八幡製鐵所はその後、八幡製鐵新日鐵新日鐵住金を経て最近まで日本製鉄八幡製鉄所でしたが、現在は日本製鉄九州製鉄所八幡地区という名称に変わっているそうです。規模もずいぶん小さくなったようです。

  その八幡の街が山頂から一望に望める皿倉山(さらくらやま)の登山道に、岩に嵌め込まれた野口雨情の詩碑があります。

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 雨情が、昭和7年5月に北九州市出身の童話作家・阿南哲朗の案内で皿倉山に登ったときに、この詩を作ったとのことです。神功皇后と熊鰐の話や、帆柱山(ほばしらやま)の木を伐って船を作った伝説を阿南哲朗から聞いて作ったのでしょうか。昭和32年(1957)に八幡市がその詩碑を建立しています。旧八幡市が合併して現在の北九州市になったのは昭和38年2月のことです。

 熊鰐という名はとてもユニークで、童話的で親しみが持てる名前ですね。そのためでしょうか、雨情は「くまわに」と平仮名で書いています。
 しかし、その子孫の岡県主は代々が「熊」を名称に付けているようですから、「熊」は岡県主に共通の名称で、単に「わに」と称していたのかもしれません。「わに」は海人のことではないでしょうか? 舳先が細長く速い船を自在に操り、海路を広範囲に移動したのでしょう。岡湊から佐波の浦まで走り、また帰って行くのですから、航海にかなり慣れた人でないと出来ないと思います。遠賀郡を根拠地にした水軍の頭目のような存在だったのかもしれませんね。

 熊鰐は北九州地方では今もよく知られていて、敬愛されている存在のように見受けられます。北九州市八幡西区黒崎の岡田宮(熊手宮)に祀られています。黒崎の町のど真ん中です。


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