雲仙は長崎県の南、島原半島の中央部に位置する有名な観光保養地で、隣接の天草諸島を加えて雲仙天草国立公園に指定されています。
観光地は雲仙岳群を中心に標高700mの盆地にある古湯と新湯の温泉と天然の雲仙地獄からなり、その全域は雲仙市、島原市、南島原市にまたがるカルデラです。
雲仙へのアクセスは、電車だと通常は諫早駅まで行き、そこからバスがあります。ほかに熊本や三池からも船便があって、時間的にはこちらの方が早いように思われます。
当時は熊本県の三角港(みすみこう)から定期船(所要1時間)が出ていたので、それを利用して島原に渡りました。しかし、今は三角港の場所が変更になり、島原行きの船便も廃止になっていると思います。
雲仙岳の紅葉
仁田峠(にたとうげ)は雲仙妙見岳展望所へ上がるロープウェイの発着場。別に登山道もあります。
写真を見ると、登りはロープウェイを利用し、降りは歩いているようです。
途中の山の景観 向こうは普賢岳かな?
ロープウェイ駅の近くにある妙見岳展望所
古いカラー写真なので,いずれも変色していますがあしからず
このあたりは、もっと紅葉があったような気がしました。
これぞ雲仙という感じの眺めです。
妙見神社の鳥居
展望所から少し上がった登山道に自然木の鳥居があって、小さな妙見神社があります。神社まで行ったかどうかは、もう、うろ覚えなので…。(^^;)
でも、この木の鳥居は味があるでしょう?
普賢岳について
妙見岳(前方1333m)と普賢岳(1359m) 1964 RYUKODO 絵はがき
絵はがきの普賢岳は1991年6月3日の雲仙大火砕流発生以前の山容です。
今は溶岩ドームが盛り上がって後ろに普賢岳よりも高い平成新山(1483m)というのが出来ています。こんな穏やかそうな山が、噴火と恐ろしい火砕流を発生させるとは…。火砕流の危険性が一般にはまだ十分認知されていなかったというのですが、専門家には進んで教える責任があるのではないかと思います。
そもそも日本国は火山列島です。その後の2000年にも北海道で有珠山が23年ぶりに噴火、同年には三宅島の雄山も噴火し、住民は長い避難生活を強いられました。御嶽山の噴石事故はまだ新しいところです。ほかにも桜島・阿蘇山・富士山・浅間山・十勝岳…など、日本には噴火すると重大な災害に発展する活火山がたくさんあります。
また日本列島は偏西風の通り道、冬は寒冷前線が下がり、日本海側や北日本に連日の大雪を降らせます。梅雨前線が上がったり下がったり、梅雨や時雨、ゲリラ豪雨、夏から秋は台風銀座とも言われます。地下ではプレートがぶつかり合って活断層が蜘蛛の巣のように張りめぐらされ、近年においても中越地震、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震など大地震が多発。洪水や高潮や津波が多く、いくら科発が発展しても、自然がいつどこでどのような動きをするのかまでは、完全な予測ができません。
だから、自然の力を絶対に甘く見てはいけないのです。少しでもリスクのある行動には十分過ぎるほどの注意が必要で、平生からの心構えと災害時の備えに加えて、警戒レベルが高い時期や場所には絶対に近づかないという基本ルールの徹底が望まれます。まして自分や家族や周囲の生命が危機に直面しているときに、その他の何かを心配するなど愚の骨頂で、まず声を掛け合い避難して身を守ることが第一です。そのあとに何でも考えたらよろしいのではないでしょうか。
四季の変化と自然の恵みが豊かな日本列島は災害列島です
逃げないと、いくら頑張っても勝てません
帰路
帰路は登山道を徒歩で下ったようです。青空と紅葉がきれいで、気分爽快な山道でした。
下山途中の写真。中央の平地がゴルフ場で、その向こうが矢岳。
雲仙地獄
古湯と新湯の間に雲仙地獄があります。
八万地獄
硫黄の湯が地下から蒸気とともに噴出して、さながら地獄のような景観を呈しています。周囲はゴロゴロした岩で荒れ地のよう。臭気が鼻をつきます。
キリシタン殉教の十字架
江戸時代の切支丹が改宗を迫られ、迫害を受けて殉教したところです。
遠藤周作の『沈黙』にある踏み絵の世界です。
真知子岩
映画『君の名は』のロケで岸惠子さん演じる氏家真知子が手をついたといわれる真知子岩。有名になると、それだけでも名所になるんですね。
「君の名は」と「真知子岩」の文字が、白いペンキで岩の窪みのところに書かれてありました。
今はその位置に銘板が組込まれ、傍らには標柱も建てられているようです。
観光客がよく訪れる場所で、近頃は外国人も多いそうですが、もしかしたら…、アニメ作品と取り違えているのでは??
それとも、切支丹殉教の地を見に来るのでしょうか。
新湯の温泉街
新湯温泉 1964 RYUKODO 絵はがき
絹笠山(879m)より見おろした新湯の温泉街です。
右端が観光ホテル。
絵葉書は印刷ですから、いつまでもきれいです。
雲仙の名称は、もともとは「温泉」が由来だったとのことです。でも、温泉はほかの土地にもあります。しかし、ここは高地の温泉で、山の景観があまりにも美しいためか、雲の上の桃源郷のように思われて、途中から「雲仙」の文字に変更した人がいたのでしょうか。
雲仙の噴火を見ると、自然もいつまでも同じでないことが分かります。