宮崎市内から八紘一宇の塔、はにわ公園、子供の国へ行ったあと、海岸に出ました。
どこもかしこも新婚さんばかり。新婚旅行のメッカです。まだ海外へ行く人などいなかったですから。
青島風景(青島海岸)
土産物屋さんも、ここでは客引きですか?
南国はあけっぱしというか、明るいですね。
向こうが青島。
青島
檳瑯樹(びろうじゅ)の葉陰、海の向こうに神々のふるさとが…。
青島神社の祭神は彦火火出見尊、豊玉姫、塩土老翁になっています。
海宮から帰った彦火火出見尊と豊玉姫が青島に宮を構えて住んだのだそうです。
でも、青島が海宮でなかったら、ほんとうの海宮(竜宮)はどこなんでしょうか?
宮崎市のあたりにめぼしい島などないですが…。
遠くにはなりますが、もしかしたら志賀島? あるいは沖ノ島? それに、鸕鷀草葺不合尊の誕生地が鵜戸神宮なら、青島神社から鵜戸神宮へ二人は転居したのかな?
古代には神仙思想による常世国と不老不死への強い憧れがあったようです。それが海の向こうにある竜宮伝説として結晶したのでしょうか?
「浦島伝説」は、彦火火出見尊(山幸彦)と丹後の珍彦の話が一体化した伝説のようにも受け取れます。 つまり、丹後海部氏の古伝承にいう籠神社の祭神…。
また他方では、高良大社の玉垂命と豊姫の話が過去へ遡及して、日向神話に反映されているようにも感じられます。
だとすれば、浦島太郎の玉手箱は、本来は満珠・干珠(ふたつではなくひとつの玉)の入った箱だったのではないでしょうか? それを海神から借りた。 山幸彦も神功皇后も、満珠・干珠をうまく利用して目的を達成してるんです。満珠・干珠には,人を惹きつける力があるようです。
そういえば満珠・干珠の島影に陣取った壇ノ浦の源氏も、薩長官軍の「錦の御旗」も、作戦上、干満の心理を応用したのかもしれません。潮時を見て、切り札の玉手箱を取り出したのかもね。浦島太郎は夢から冷めたので、もう煙でしたが。
青島へ渡るには弥生橋がありますが、干潮時には島が陸続きになるようです。
日南海岸の駱駝
駱駝に乗っている観光客もいたような…気がしますね。
今は、たぶん駱駝はいませんよ。
浜木綿の海
青島から少し南寄りの堀切峠です。
見晴らしがいいところですね。
日南海岸へ観光客を呼び込むものは何かないかと、南国らしいフェニックスを植えるアイデアを思いついたそうですね。たしかに、海岸にフェニックスがあるのとないのでは、気分がかなり違いますから。
この日、日南海岸は心地よい風が吹いていました。フェニックスの風が。