鄙乃里

地域から見た日本古代史

かえでともみじ

   かえでもみじ

 秋の黄紅葉の代表格として美しいカエデモミジですが、「どこが違うか?」と問われたら、ちょっと返答にとまどうのではないでしょうか。 


 手もとの本などで調べてみると、カエデもモミジも本来はカエデ科カエデ属の樹木(属名はラテン名Acer=アーケル)で、日本でも古来どちらも「かへるで」と呼ばれていたそうです。葉が蛙の手のかたちをしているところからそう呼ばれたらしくて、それが「かえで」に変化したということのようです。


 一方、紅葉(もみじ)は一般に紅葉のことを「もみぢ」「もみぢする」と言ったのですが、その中でもとくに
色づきの鮮やかなイロハカエデや、山モミジ、大モミジなどを紅葉樹の代表として、のちに「モミジ」という樹木名で呼ぶようになったのではないか…ということです。その上で、その他の比較的、黄紅葉のカエデ類をそのまま「カエデ」と呼び分けたのかもしれません。

 

 ほかにも、一般に葉の裂け方が比較的浅いものをカエデといい、5~7裂あるいは9裂くらいに深く裂けるものをモミジというなどの違いはあって、とくに江戸時代に庭園園芸用として身近で栽培されるようになり、その分類も次第にはっきりしてきたようです。

山モミジ

 たしかに中には黄葉のままで終わるモミジ品種もあれば、紅葉するカエデもあるので、葉の色づきだけで即断するのは難しく、また自生地、日照、気温、個体差によっても紅葉の程度はかなり違ってきます。葉の色づき具合だけでは判別しにくいものも多いでしょう。


 それに対して比較的分かりやすいのが葉の形状ではないかと思います。自分の手を広げて、指が細く奥まで長いのがモミジ、指が太く手の甲の面積のほうが広いのがカエデ。枝がなめらかなのがモミジ、少しごつごつしているのがカエデなど…トータルで組み合わせて考えてみると、だいぶ分かりやすくなってくるかと思います。

 

 盆栽でいうカエデは主に唐カエデを指しています。唐カエデは古書によると享保9年(1724)に清国から日本に入ってきたとされていて、葉は浅く3裂し、強健で男性的な樹です。秋の葉色も透き通った紅葉ではなく黄紅葉ですから、繊細な感じがする日本のモミジと比べてかなりはっきりした違いが認識されてきたことも、両者の分類を促進する上でのポイントになったかも知れません。
  唐かえで
 因みに唐カエデは関西では通天(つうてん)、通天かえでとも呼ばれていて、これは京都東山の東福寺通天橋の付近にこのカエデがあったことから、そう呼ばれるようになったそうです。東福寺は京都の紅葉の名所で、現在も多くの唐カエデの色づきが訪問者の目を楽しませています。
 通天橋の「通天」ですが、してみると、これらの唐カエデの樹は往時から多くの人が知っているような、かなり特徴的な樹であったことがうかがわれます。

 そして、その中の1本に唐カエデの祖木といわれる樹があって樹齢700年以上、つまり1200年代中頃東福寺開山の祖が宗から持ち帰り播種されたと伝えられているそうなので、先ほどの公称年代とはかなり差がありますが、これが唐カエデの祖木であってみれば、関西では唐カエデが古来「通天かえで」の名称で親しまれているのも自然なことかも知れません。


 カエデ属は北半球の温帯に100種以上が広く分布しており、日本にも20種以上があるらしく、園芸品種もたくさんあります。


 ほかにカエデの仲間としてはハナノキ、チドリノキ、ヒトツバカエデ、ウリカエデ、イタヤカエデ、メグスリノキなどの類があるようです。

 イタヤカエデにも糖分があるということですが、北米東部原産のサトウカエデは糖分が多く、その樹液からメープルシロップカエデ糖を作ることが出来ます。ワイルダーの『大きな森の小さな家』などを読むとサトウカエデの話が出てくるのですが、今でも採取作業は行われているそうです。樹皮の切り口から樹液をバケツに採取し、鍋で煮詰めて作ります。カナダの国旗にもなっていますね。


 それにしても「楓(
かえで)」という字には木偏に風という字が当てられています。たしかに、しなやかでさらさらとした葉群を風がすりぬけていく、眺めていると、そんなさわやかな清涼感が感じられて、よく考えられた字だと思われませんか。

 この字は本来は「楓(ふう)と読むのが本当で「槭(かえでとは違っていたという説や、古くから「ふう」「かえで」と混用していたとの説などあるようです。

 しかし、現在日本では「楓(かえで)」の読みのほうがずっとポピュラーになっていて、別に「楓(ふう)」の木もあります。モミジは「槭」の字でもいいと思うのですが、カエデはやはり「楓」の字のほうが情趣が感じられので自分的には好きですね。




 サンゴモミジ





アメリカフウ