鄙乃里

地域から見た日本古代史

神武東征の旅

神武東征の旅4 橿原宮で即位・建国 

高島宮での準備が整い、『日本書紀』によると、いよいよ戊午の年春2月11日に高島宮を出発して、難波から河内へ進軍しました。 その途中、速吸門(はやすいのと)で椎根津彦(しいねつひこ)に出会って水先案内をさせたことが『古事記』に書かれています。こ…

神武東征の旅3 東征会議の高千穂宮 

『日本書紀』には若三毛野命(神武天皇)が45歳のときに兄弟や子どもたちに東征の話をしたこと。『古事記』にも高千穂宮で長兄の五瀬命と二人で東征の相談をしたことが書かれていますが、中味はそれだけで、この高千穂宮がどこの高千穂宮なのかまるで不明で…

神武東征の旅2 笠沙の崎は都井岬? 

『古事記』に、 「此地(ここ)は韓国(からくに)に向かひ、笠沙の御前(みさき)に真来通(まきとほ)りて、朝日の直刺(たださ)す国、夕日の日照る国なり。故、此地は甚(いと)吉き地(ところ)」と詔(の)りたまひて、底つ石根に宮柱ふとしり、高天原…

神武東征の旅1 高千穂降臨伝説

九州の霧島は神話・伝説の地として知られています。 霧島山麓の高原町(たかはるちょう)にある狭野神社(さのじんじゃ)は、狭野命(神武天皇の幼名)に関係がある神社とのことで、高千穂峰に天孫降臨伝説があります。生誕地云々の真否は分かりませんが、実…